部員のリレー日記 2020/7

ゼベックくん

 written by 正岡 充 投稿日時:2020/07/17(金) 22:30

 どうも、最近ps4を買った正岡です。僕は普段高い買い物はあまりしないのですが、今回は奮発してしまいました。でも国からお金をもらったのでタダで買えました。むしろ5万くらい儲かりました。ありがとうございます。まじで一日の8割くらいはps4してます。疲れてきたらたまに課題やってます。そんな生活です。

 自粛期間何も話題がないので、小学校の時の話をします。僕が小学校5年生のとき韓国からの転校生でゼベックくんという少年が転校してきました。ゼベックくんはほとんど日本語を喋れなかったのですが、なぜか僕とゼベックくんはすぐに親友になり、野球チームで一緒に野球するほど仲良くなりました。小5のガキだった僕はゼベックくんに「エロいっていう言葉はどんな時でも使えるで」と教えてあげました。その日からゼベックくんは「エロい」が口癖になりました。面白い時もエロい、びっくりした時もエロいって言ってました。そんな風に2人でふざけあって一年が過ぎ、ゼベックくんは韓国に帰ることになりました。僕は親友がいなくなってしまうのがすごく悲しく、学校最後の日にゼベックくんに感謝の言葉を泣きそうになりながら伝えました。するとゼベックくんは「エロいなぁ」と言ってきました。僕は、なんにもエロないと思いながら「これはさすがにエロいなぁ」と言ってバイバイしました。それから一度も会ってないのですが、聞いた話ではゼベックくんは今では韓国語、日本語、英語を話すトリリンガルになっているそうです。多分日本語だけは使い方が間違ってます。僕のせいで。

 次は最近僕の家にゲームしに来て、毎回昼寝して行く意思の弱い男がわやです。
 

方言は難しい

 written by 久家 杏太 投稿日時:2020/07/09(木) 21:44

 仲良しの荻野君から紹介を受けました久家です。荻野君とは同じ理学部で家も近いので、新歓のころから仲良しですが、いまだに荻野くんの家には入ったことがないです。いつか入ってみたいものです。

 最近はようやくコロナがおさまりつつあるところに大雨の日々が続き、僕の地元の熊本では歴史的な豪雨が観測されました。僕が中学生のころ部活で利用していた河川敷のグラウンドも川の増水で浸かってしまったそうです。被害がこれ以上にならないように早く梅雨が明けるのを願うばかりです。

 さて、今回のブログでは方言について少し話したいと思います。ラグビー部には様々な都道府県出身の学生がいるので、標準語から関西弁、博多弁などいろいろな方言が飛び交っています。一回生の新歓で笹井君に初めて会って、花見の会場まで歩いて行く時に関西弁でしゃべり倒され、圧倒されたことは今でも覚えています。しかし、宮原君に言わせれば笹井君の出身は滋賀なので使っているのはエセ関西弁らしいです。僕には違いが全く分かりません。ちなみに宮原君は関西弁が標準語だと思っているそうです。ちょっと意味が分かりません。僕の地元の熊本にももちろん熊本弁があるのですが、京都に来て周りの環境に影響されたのか全然熊本弁が出なくなり、標準語になってしまいました。なぜ、関西弁ではなく、標準語になったのかはわかりません。熊本弁が標準語に近かったのかもしれないです。同期に同じ九州の長崎出身の宮崎君がいるのですが、彼は環境の影響を受けることなく方言を連発し、みんなを困らせています。僕は地元が近いのである程度はわかりますが、それでもたまに「は?」となることがあります。でも訛りが残っていることが少しうらやましいのはここだけの話にしときます。こんな僕でも地元に帰ると多少は熊本弁が出るので、ぜひ熊本弁を勉強して一緒に話して、僕の熊本弁を引き出してください。ちなみに熊本弁で絆創膏は「リバテープ」、ドアを閉めることを「あとぜき」、頑張るは「がまだす」と言います。熊本弁は難しいですね。

次は最近PS4を買った正岡君です。
 

インド旅行記

 written by 荻野 晃平 投稿日時:2020/07/03(金) 20:42

 理学部2回の荻野晃平です。ルイ君のブログがちょっと面白かったのでがんばりましょう。

 最近はこのご時世で、時間はあるのに遠くへ外出しにくく、そろそろ旅行にでも行って外の世界へ飛び出したくなります。ということで今回は、2月の冬オフに姉と2人でインドを旅した時の話をしようと思います。インドではムンバイ、デリーの2箇所しか回れませんでしたが、どちらも雰囲気が全く異なり、本当に見たことのないカオスで衝撃的な世界が広がっていました。全て話すと長くなるので、ごく一部だけ紹介させていただきます。

 まずはインド人に髪を切ってもらった話です。インドでは道端に床屋さんや耳くそ掘り屋さんがいっぱいありました。なんだか面白そうだから髪を切ってもらうことにしたのですが、値段を聞くとなんと70ルピー、約105円です。大丈夫だろうか、と心配していると、意外に仕事は丁寧でしっかりしています。横をがっつり刈り上げ、全体的にかっこよく仕上がったかなと思ったら、インド人はひたすらもみあげをチョキチョキしており、後ろで見ている姉が爆笑しています。向こうでは普通なのか、もみあげを地面とピシッと平行にされ、松島幸太郎とタラちゃんを合わせたみたいになりました。清潔感があって良いと姉に言われたので、一生懸命切ってくれたインド人に「ダニョワ(ヒンディー語でありがとう)」と言いました。

 この旅で1番のトラブルは、デリーから日本に帰れなくなったことです。ムンバイから寝台列車でデリーに向かい、一通り観光したあと、姉が飛行機の時間の関係で先にデリーを去りました。いかにも発展途上で、戦後の日本の様な荒れた汚い街で1人になり、さらに日本でポケットWiFiのレンタルの受け取りを忘れて来たため携帯も使えないという状況でとても不安でした。なんとか自力で空港に到着したのですが、モニターにぼくの乗るはずの便が表示されていません。聞いてみると、ぼくの便は香港経由だったので、コロナの影響でフライトがキャンセルされていたのです。帰りの飛行機がない、携帯がつかえない、財布には700ルピー(約1050円)しかない、周りに日本人もいない、デリーで本当にひとりぼっちです。数時間、なにもできずに涙目でベンチに座ってました。しかしなんとしても日本に帰らなければいけない予定があったので、泣きながらカウンターのインド人にこの携帯を空港のWiFiに繋げてくれ、とお願いし、泣きながらママに電話しました。この年になってもピンチになるととりあえず母親に相談するんだなぁと思いました。母親のアドバイスでANAのカウンターに行き、なんとか帰れないか交渉することにしました。英語ができないのでかなり苦戦しましたが、さすがにANAの教育を受けたインド人はとても優しく、なんとかデリーから成田の直行便の席を手配してくれたのです。キャンセルされた便と合わせて14万円が飛びました。約3ヶ月分のバイト代ですが、一生忘れない経験だと思うことにします。

 「インドに行くと人生観が180°変わる」とよく言われるのですが、ぼくの場合、常識や固定概念というものが取り払われた気がします。ドアの無い電車、汚いカレーの屋台、地面に座って手でカレーを食べるインド人、無能すぎるインドの格安航空スパイスジェット、牛、大量のスラム、そこに住む小さな子ども達と物乞い、汚くて臭いオールドデリー、衝撃的なものをたくさん見てきました。しかし彼らにとってそれらは普通で、先進国と言われる日本で生まれ育ったぼくが「なんてかわいそうな所に住んでいるんだ」と考えるのは、おかしいことだと感じました。汚いスラムで笑顔でカレーを食べる子どもを見て、日本人にとっての普通や常識しか知らないのはなんて視野の狭いことなんだと痛感したのです。

 まだまだ世界には知らないことばかりなので、せっかく時間のある大学生活、もっと外に出て色んなものを見て、広い感性を養っていきたいと思います。
 
 次は仲良しの久家杏太くんです。

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