部員のリレー日記

インド旅行記

 written by 荻野 晃平 投稿日時:2020/07/03(金) 20:42

 理学部2回の荻野晃平です。ルイ君のブログがちょっと面白かったのでがんばりましょう。

 最近はこのご時世で、時間はあるのに遠くへ外出しにくく、そろそろ旅行にでも行って外の世界へ飛び出したくなります。ということで今回は、2月の冬オフに姉と2人でインドを旅した時の話をしようと思います。インドではムンバイ、デリーの2箇所しか回れませんでしたが、どちらも雰囲気が全く異なり、本当に見たことのないカオスで衝撃的な世界が広がっていました。全て話すと長くなるので、ごく一部だけ紹介させていただきます。

 まずはインド人に髪を切ってもらった話です。インドでは道端に床屋さんや耳くそ掘り屋さんがいっぱいありました。なんだか面白そうだから髪を切ってもらうことにしたのですが、値段を聞くとなんと70ルピー、約105円です。大丈夫だろうか、と心配していると、意外に仕事は丁寧でしっかりしています。横をがっつり刈り上げ、全体的にかっこよく仕上がったかなと思ったら、インド人はひたすらもみあげをチョキチョキしており、後ろで見ている姉が爆笑しています。向こうでは普通なのか、もみあげを地面とピシッと平行にされ、松島幸太郎とタラちゃんを合わせたみたいになりました。清潔感があって良いと姉に言われたので、一生懸命切ってくれたインド人に「ダニョワ(ヒンディー語でありがとう)」と言いました。

 この旅で1番のトラブルは、デリーから日本に帰れなくなったことです。ムンバイから寝台列車でデリーに向かい、一通り観光したあと、姉が飛行機の時間の関係で先にデリーを去りました。いかにも発展途上で、戦後の日本の様な荒れた汚い街で1人になり、さらに日本でポケットWiFiのレンタルの受け取りを忘れて来たため携帯も使えないという状況でとても不安でした。なんとか自力で空港に到着したのですが、モニターにぼくの乗るはずの便が表示されていません。聞いてみると、ぼくの便は香港経由だったので、コロナの影響でフライトがキャンセルされていたのです。帰りの飛行機がない、携帯がつかえない、財布には700ルピー(約1050円)しかない、周りに日本人もいない、デリーで本当にひとりぼっちです。数時間、なにもできずに涙目でベンチに座ってました。しかしなんとしても日本に帰らなければいけない予定があったので、泣きながらカウンターのインド人にこの携帯を空港のWiFiに繋げてくれ、とお願いし、泣きながらママに電話しました。この年になってもピンチになるととりあえず母親に相談するんだなぁと思いました。母親のアドバイスでANAのカウンターに行き、なんとか帰れないか交渉することにしました。英語ができないのでかなり苦戦しましたが、さすがにANAの教育を受けたインド人はとても優しく、なんとかデリーから成田の直行便の席を手配してくれたのです。キャンセルされた便と合わせて14万円が飛びました。約3ヶ月分のバイト代ですが、一生忘れない経験だと思うことにします。

 「インドに行くと人生観が180°変わる」とよく言われるのですが、ぼくの場合、常識や固定概念というものが取り払われた気がします。ドアの無い電車、汚いカレーの屋台、地面に座って手でカレーを食べるインド人、無能すぎるインドの格安航空スパイスジェット、牛、大量のスラム、そこに住む小さな子ども達と物乞い、汚くて臭いオールドデリー、衝撃的なものをたくさん見てきました。しかし彼らにとってそれらは普通で、先進国と言われる日本で生まれ育ったぼくが「なんてかわいそうな所に住んでいるんだ」と考えるのは、おかしいことだと感じました。汚いスラムで笑顔でカレーを食べる子どもを見て、日本人にとっての普通や常識しか知らないのはなんて視野の狭いことなんだと痛感したのです。

 まだまだ世界には知らないことばかりなので、せっかく時間のある大学生活、もっと外に出て色んなものを見て、広い感性を養っていきたいと思います。
 
 次は仲良しの久家杏太くんです。

オープンキャンパス

 written by 横山 ルイ 投稿日時:2020/06/24(水) 21:00

 佐竹君から紹介されました、地球工2回の横山ルイです。佐竹君が言ったとおり、久美子(母)とは仲はまあまあ良くて、去年の夏は伏見大社に、今年の1月の頭には奈良に行きました。二回とも楽しい思い出です。

 話は変わりますが、先日、京大のオープンキャンパスが中止になり、ネット上での説明会に変更されたことを知りました。もう夏が近づいてきたんだなと思うと同時に、僕が現役の時のオープンキャンパスでのある出来事が頭をよぎりました。今回はその時のことについて書きたいと思います。それは、オープンキャンパスも終盤にさしかかった、地球工の実験室での実験体験会でのことでした。その実験室では、適当に参加者4人ずつの班が作られ、順序様々な実験の体験をしていくというものでした。順調に実験をこなしていき、最後の実験にたどり着きました。ここで事件は起きました。その実験では、音の振幅の大きさを測定する装置を用いて、実際に声を出してみて、その声の大きさを測定して、様々な基準と比較してみるというものでした。これは班の1人だけがやることになっていました。このとき、僕は他の3人をチラリと見ました。他の3人はいい意味でも悪い意味でもthe京大生みたいな感じで自ら率先してやることもないだろうとすぐさま悟った僕は、やるしかないなと思って、挑戦しました。単位は忘れましたが、結果は105でした。ロシアのテニス選手のシャラポワが出す声が90で、戦闘機の発進時のエンジン音が110とのこと。もちろん他の参加者もドン引き。実験担当者の教員も学生も唖然。手持ち無沙汰をしていた他の教員も駆けつけてくるほどの爆音でした。前日に母校の甲子園応援で喉をやられていたんですけどね笑後になって考えてみるとよくもあんなにムキになって声出したなーって感じでした。ちょっと恥ずかしかったです。倫理学の課題をやらないと久美子が怒るので今回はこの辺にしときます。

次は静岡のスターこと、荻野君です。

入部理由

 written by 佐竹 開斗 投稿日時:2020/06/20(土) 22:09

 和氣から紹介を受けた佐竹です。グラウンドから帰る部車で彼と話した時は、こんなにも同じようなことを考えている人間がいるんだなと驚いたものです。僕が「入部してからも色々あった」ことについて話すのは粋じゃないので、ここでは話しません。

 今回初めてのブログを書かせていただくので、ラグビー部に入部したきっかけについて話したいと思います。入部したきっかけとしては、高校のラグビー部の1学年上の先輩である松本さんに誘われたことがきっかけです。熱心に誘っていただき、また、松本さんと話すのも楽しいので、入部を決意しました。また、ラグビー部の練習の見学に行った時に、まだ入部もしていない僕の名前を覚えてくださっている部員の方が多かったというのも入るきっかけになりました。中学の部活の顧問には「わたなべ」と呼ばれ、高校の部活の先輩には「ひぐち」と呼ばれていた自分からすれば、大変感動的な出来事でした。入部後、「馬車道」の練習で、明らかに僕の方が早くゴールしていたのに、審判をしていたマネージャーの方に名前を呼んでいただけず、多分、名前覚えられてないんだなと思ったことは、ここでは言わなかったことにします。このような理由で入部しましたとさ。
おしまい

 次は久美子と仲が良い横山くんです。

邂逅

 written by 和氣 宏典 投稿日時:2020/06/16(火) 20:42

 こんにちは。わったーこと渡邉将太から粋な紹介をうけた和氣です。彼はよく私の耳をはむはむしてきますが、控えめに言って最高です。そんなわったーが3月に久しぶりに部活に顔を出した時はとてもうれしかったです。3月4月には毎週のように家にお邪魔してとても幸せな日々でした。今年はわったーと試合でスクラムを組みたいです。

 さて、私はこれまでで自分から積極的に話しかけてできた友達はあまりいないですが、佐竹に対しては割と自分から話しかけました。今回は佐竹との出会いについて書きたいと思います。
 彼と初めて会ったのは新歓の経験者焼肉でした。途中の席替えで同じテーブルになったのですが他に荻野・笹井と先輩2人がいて、その4人が楽しそうに話してる中、私と佐竹の2人は会話によらず言葉を発さず黙々と食べていました。そんな無言な我々の間にデザートのピノとアイスの実が置かれ食べていると最後の1つになったのですが、その1つをお互いが無言で譲り合いどちらも手をつけずにおしぼりをいじってました。無言のコミュニケーションだけで結局一言も話さずに終わりました。変な奴だなと思ったのですが彼はラグビー部に入るつもりはないと言っていたので、私は彼のことをそれ以来すっかり忘れていました。ところが5月の頭にある宇治合宿の2日目に彼は再び現れました。その時彼をみてもすぐには思い出せなかったのですが松本さんと話しているのをみて、そういえば浦和の奴もう1人いたなと思い出し、同時に焼肉でのことも思い出しました。彼はずっと松本さんと話していてその話をたまたま聞いてみると、彼に「何か」を感じました。感じた私は自分から彼に話しかけ、感じた通り意外といけて宇治から一緒に帰って百万遍のキラメキに行きました。その別れ際に次の練習に行ったらラグビー部に入るという彼のお決まりをきき、そして実際に次に来た練習で彼は入部宣言しましたとさ。
おしまい

次はその入部してからも色々あった佐竹に回します。

雑記

 written by 渡邊 将太 投稿日時:2020/06/09(火) 21:46

 粋でイナセな京橋ボーイ、上松大也からバトンを受け取った、渡邊将太 aka わったーで す。ひょんなことからラップバトルにハマり、Youtube でバトル動画を漁り、フリースタイルダンジョンも毎週欠かさず見るようになりました。いくつかのバトルはそらで暗唱することができ、そのほか様々なかっこいいフレーズを瞬時に出すことができます。たいていは 場の雰囲気を微妙なものにしてしまうのであまり出さないのですが、ラップ仲間のじょず や正岡と喋るときは積極的に使います。例えば、正岡が僕のの家で屁をこいたときには「臭すぎる like a ひきわり納豆 ぶちかますこいつに右ラリアット」という最高にヤァマンなフレ ーズをぶちかましてやります。フリースタイル力向上のために、韻ノートもつけはじめました。日常の中で思いついた韻を記録していくことで、とっさに韻を踏む力が向上するそうです。「どこに出しても恥ずかしくねぇ どこに行っても埼玉をレペゼン」できるラッパーを、目指していきたいと思います。    

 さて、僕は今年の冬オフを利用し、バイクで西日本を一周してきました。一人で 2 週間旅 をするというそこそこ稀有な体験でしたが、あまりこれについて語ってない気がしたので思うところをつらつらと記そうと思います。  
 
 まず、一人旅、ということについて。程度に差こそあれど、誰もが自由気ままな旅に憧れたことはあるのではないでしょうか。よく言われるのは共感相手の不在ですが、これは出発前に想像したのとは違う形で現れました。共感相手がいないから寂しい、とかいう話ではありません。一人旅だと、きれいな景色を見た時や、美味しいごはんを食べた時の感動はすべて自分の中で消化することになり、感動と一対一で向き合わざるを得ません。聞こえはいい ようですが、共感相手がいると当然起こりうる、「感動の言語化」「感動の再確認」といったプロセスがなくなってしまうので、感動が印象に残りにくくなってしまうように感じました。感動と向き合いつつもどこか自分の殻に籠ってしまっているような感覚があります。
 また、自分探しの旅、という言葉がありますが、一人旅をしてみて、今までとは少し違っ た印象を持ちました。「自分」という確固とした存在がどこかにあり、それを見出すというよりも、今ある自分の中に、旅で出会った新しい自分をインストールしていくというイメー ジです。僕はこの旅で、「思ったよりも寂しがりやな自分」にも、「思った以上に一人でなんとかやれる自分」にも出会えました。これらは間違いなく今の自分の中に生きています。“生きた”経験ってこういうことだと思います。書き出すとキリがありませんが、徳島のド田舎でパンクしたり、宮崎の海岸で野宿したり、鹿児島の居酒屋でおごってもらったり、島根で発熱しダウンしたりしました。 
 
 そして、バイク旅、ということについて。結論から言うと、「旅をするのにバイクは速すぎ」ました。目的地同士を結ぶ交通手段としては最適だと思いますが、僕が求めていたような、全く知らない土地を冒険して思いもよらない出来事に遭遇する、なんてことはありません。その土地に馴染み始める前に駆け抜けてしまいます。思い起こしてみても、阿蘇山はど んなだったか、鳥取砂丘はどんなだったか、長崎の夜景はどんなだったかは覚えていても、 熊本の町はどんなだったか、鳥取は、長崎は、ということはあまり覚えていません。一方で、一日滞在して歩き回って探索した鹿児島は、どこか切ないくらいに情景が思い浮かびます。  
 ただ、これと、バイクの楽しさとは話が別です。僕がこの旅で最も楽しいと感じたのは、 バイクに乗っているまさにその瞬間です。これは一人であることが肯定される瞬間であるからかもしれません。自由の象徴たるバイクに乗って大自然の中を駆け抜ける爽快感は何物にも代えがたいものです。しかしあくまでも、これは僕の想像していたような旅像とはマ ッチしないものだったということです。 
 
 旅の振り返りをどこかで文字として起こさなければ、自分の感じたことがどんどん曖昧 になってしまうかもしれないという焦燥感があったので、こうしてブログという形で記録できてよかったです。長い文章をここまで読んでくださりありがとうございました。 

次はマイメンの和氣です。
 

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