第三章 よき時代の京大ラグビー
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- 栄光復活への努力
- カナダ遠征に三選手が参加(昭和五年度)
- 覇権、ついに京大を去る
- 明大にも初めての敗戦
- 慶応、久しぶりの全国制覇
- 初の朝鮮遠征(昭和六年度)
- 同志社に勝ったが立教と引き分け
- 明治が初の全図制覇
- 関西ラグビー衰退の原因
- カナダ・チームと単独対戦
- 同志社、関学と一シーズン二試合ずつ(昭和七年度)
- 内藤資忠コーチ就任
- エイト転向の同志社に連敗
- 東大に創部以来初の敗北
- 同志社は慶応に初勝利
- 早稲田ゆさぶり戦法のはじまり
- 法政との初の対戦に勝利(昭和八年度)
- 同志社に連勝を許す
- 東大には雪辱、慶明に連敗
- 防御力の欠陥をさらす
- 同志社は戦前の”黄金時代”
- 全豪州チームが来日
- 全国高校から優秀プレーヤー
- 関学台頭と鮮鉄チームの来征(昭和九年度)
- 布施主将最後の微笑
- 京大、関西の王座に返り咲き
- 波乱の東西大学対抗
- ”日本No.1”明大を破る
- 気力が勝敗をきめたシーズン
- 内藤コーチの「ラック戦法」
- 関東のユサブリヘの対抗戦法
- 同志社に敗退(昭和十年度)
- 「ダブリン」の明大が連覇
- 東大、いったん部解散の不振
- ニュージーランド学生選抜来日
- 試合時間は40分に
- 新人起用の対立命戦に初敗北(昭和十一年度)
- ラック戦法、同志社の連覇を阻む
- 東大、FWをセブンに
- 三位は同志社、慶応、京大の三すくみ
- セブン全盛、京大はエイトを守る
- 京大の平均体重は63キロ
- 戦時中の京大ラグビー
- 早稲田との定期戦復活(昭和十二年度)
- ファインプレーの京・早復活第一戦
- 同志社を連破
- エイト復帰の東大と好試合
- 慶応に九年ぶりの勝利
- 明大には後半逆転される
- 基本に忠実な京大のプレー
- 四月に満鮮へ遠征(昭和十三年度)
- 内藤コーチ、満州へ転任
- エイトに戻した明大優勝、東大は早大を破る
- 関西三連覇は成らず
- 東大には六年ぶり三敗目を喫す
- 慶明とはまずまずの善戦
- <昭和十三年度満鮮遠征日誌>
- 別所コーチの指導(昭和十四年度)
- 全日本選抜に二選手
- 鮮鉄が関西を席巻
- 東西七大学ランキングで三位
- 対早大戦は前半健闘
- 「快適な一戦」同志杜に逆転勝ち
- 負傷続出で東大に連敗
- 対慶応戦、会心の勝利
- 明大には1トライのみ
- 京・関学・同志杜の三すくみ(昭和十五年度)
- セブンFWに行き詰まり
- 京・早エイト同士の対戦
- 強力FWで押しながら
- 東大の追撃を振り切る
- 劇的なドロップゴールできまる
- 重戦車明大を相手にスクラムトライ
- 全日本代表に5選手
- すべての方針は三回生会議で(昭和十六年度)
- 同志社と一シーズン二度対戦
- 悲願の打倒関東は成らず
- 対東大戦を最後に、繰り上げ卒業
- 学制改革で春・秋二シーズン(昭和十七年度)
- 厳しい食糧事情、体力低下
- 同志社に雪辱、関学に初の敗北
- 慶応が十二年ぶり全国制覇
- 学徒出陣前、東大と壮行試合(昭和十八年度)
- <親子・兄弟・ラグビー一家>
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