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部員のリレー日記 2014/7

大学デビュー

 written by 西谷 真知 投稿日時:2014/07/09(水) 20:55

初めまして、今年度入部した西谷です。須貝君は何を言ってるんでしょうね、たまたま授業に出たからって品行方正だなんて(笑)。普段の彼を知っている僕らからしたら彼の前置きは爆笑物です。
 
それはさておき彼に紹介された通り、僕は小学生のころブラジルに住んでたことがあり、向こうではインターナショナルスクールに通っていたので英語やポルトガル語などを習得することもでき、貴重な経験を得ることができました。ちなみにこのころはもちろんサッカーをやってました。(笑)
 
ラグビーを始めたのは中学一年生の終わりの方で、それまでは水泳部に入っていたのですが僕の性には合わなかったみたいで、ラグビー部に転部し高3で引退するまで続けました。僕の通っていた学校は横浜にある公文国際学園というわりと新しい学校で、ラグビーのレベルとしてはいつも人数はぎりぎりですが、僕の5個上の先輩方は関東大会に出場していたり決して弱くはないです。大体いつも神奈川のベスト8に入るかどうかというところです。僕らの代の秋の大会は神奈川予選の3回戦で、その後神奈川3位になる東海大相模に敗れてしまいました。
 
さて、ポジションの話をしましょう。僕のラグビー人生はプロップに始まりました。入部した時期が遅かったので、初心者には中学のプロップは妥当なポジションでしょう。その後ロック、ウィングを経て中学最後にはセンターになりました。高校に上がるとき、ずっとプロップをやっていた先輩が引退してしまい、高1の中でウェイトのMAXの数値が一番高い僕がプロップをやることになりました。中学のスクラムしか経験しておらず、初めて高校で敵とスクラムを組んだ時の痛みをまだ覚えています。そこからの日々は僕にとっては地獄のようでした。バックスがチャラチャラキックの練習をしてる間僕たちフォワードは永遠スクラムマシーンを押し続け、バックスが練習を終わってウェイトに行っても、まだまだ僕たちはスクラムマシーンを押していました。センターの楽しさを知っているがゆえに、プロップというポジションに楽しみを見出せなかった僕はいつかバックスに返り咲ける日々を、最低でもバックローになれる日々を毎日夢見ていました。しかし現実は残酷なもので、高3でフッカーになった他は変化はなく、結局高校3年間はずっとフロントローをやっていました。
 
こんなにもフォワード、特にプロップはつらいのに、何も知らないバックスに迫害され続けるプロップ。僕は京大に入りセンターをやろうと決めましたが、フォワードの方々をリスペクトしています。僕はいつでもフォワードにやさしいバックスでありたいと思います。体重はそんなにないですが、体力のないプロップ体質になってしまったのでこれからは体力アップに励みたいと思います。
 
では次は僕たちに隠し事があるミステリアスなトレーナー石田君に回したいと思います。

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